設計ノート_vol.2"あちら"のサイン

最終更新: 2019年10月15日

トイレに行く時の歩行介助や見守りをさせて頂く際に、毎度思うことがあります。 それは、高齢者施設は「こそあど(これ・それ・あれ・どれ)」をいかに言いやすい空間かどうか、が求められるということです。

私も事業所で働くまで気づけなかったのですが、介護の現場では「あちらの」「こちらの」「そちらの」を言う機会がとても多いと感じます。 例えば椅子に座る際、介護士は座る前に「こちらの長椅子に腰掛けましょうか」など、予め「どこに」「何を」するかをお伝えするよう習います。こうする事で、ご本人の意向の確認と共に、安心してスムーズに行動が取れるよう配慮します。初任者研修でも、この「どこに」「何を」の確認は何度も指導されました。 特に認知症や視力の低下が強い方の場合、「場所や位置をお伝えする」重要度は高くなり、比例して「こちら・そちら・あちら」の頻度も高くなります。 椅子やソファなどは、形や色で伝えやすいのですが、問題はトイレや出入り口などの扉です。高齢者施設では木(もしくは木目調シート)の建具仕上げを採用する施設が多いのですが、よくあるのが扉のデザインを全て揃えているパターンです。 設計者としては、空間を統一したい事もあり、デザインを揃えたくなる思いは人一倍分かります。実際私も過去に設計した有料老人ホームでは深く考えず、トイレも居室もデザインを揃えてしまいました。 ただ実際は、例えばトイレへご案内する場合、同じデザインですと、この「あちらの」がとても言いにくい。ご利用者さんに「今どこに向かっているのか」が伝えにくいのです。「もうすぐですよ、この先の扉がトイレです…。えーと、もうすぐです…」こんな伝え方にもなりかねません。扉が数室並んでいたら、更に混乱します。 例えば「○○さん、あちらの青い扉がトイレですよ」と案内出来れば、ご本人もゴール(トイレの位置)が明確になることで歩行の一歩が出やすくなりますし、それは強いては自立の期間を維持する手助けになります。 トイレに「お手洗い」と紙が貼られている施設をよく見かけないでしょうか。 あれは職員の方の、そんな環境下の苦肉の策なのだと思います。建具のデザインは、介護施設では大きなサインなのだと、今働きながら痛感しています。

歩行能力が下がっている方にとって、位置が分からず立ち止まったり、急な方向転換は転倒のリスクに繋がります。 今後設計する際は、職員の方の言葉、そしてその先のご利用者さんの生活をそっと後押し出来る建具のあり方まで考えられたらなと思います。

 

#7 Minamiaoyama HY building 7-3-6
Minamiaoyama, Minato-ku, Tokyo, Japan

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